Src †
Src(エスアールシー)とは、 Rous sarcoma virus(ラウス肉腫ウイルス)に由来するレトロウイルスの遺伝子であり、がん遺伝子( oncogene)として初めて発見された v-srcのホモログである c-Srcチロシンキナーゼをコードする遺伝子、あるいはそのタンパク質産物を指す用語である*1*2。Srcは非受容体型チロシンキナーゼの一つであり、細胞の増殖、分化、接着、移動など、多様なシグナル伝達経路において中心的な役割を果たしている*3*4。
歴史的背景として、Srcは1911年にペイトン・ラウス(Peyton Rous)によって発見されたニワトリの肉腫を引き起こすウイルスに由来している*5。その後、1970年代後半にマイケル・ビショップ(J. Michael Bishop)とハロルド・ヴァーマス(Harold Varmus)らの研究によって、このウイルス由来のがん遺伝子(v-src)に対応する正常な遺伝子(プロトオンコジーン)が正常な動物や人間のゲノム内にも存在することが明らかにされた*6。この発見は、がんが外から侵入するウイルスだけでなく、宿主自身の遺伝子の異常によっても引き起こされることを証明する画期的な成果となり、彼らは1989年にノーベル生理学・医学賞を受賞した*7。
分子構造と機能の観点から、Srcタンパク質は複数のドメイン構造を持っており、主にキナーゼ活性を調節する SH1ドメイン、リン酸化されたチロシン残基を認識して結合する SH2ドメイン、そしてタンパク質間相互作用を仲介する SH3ドメインなどで構成されている*8。通常、正常な細胞内における c-Srcは、自己のカルボキシ末端にある特定のチロシン残基がリン酸化されることで SH2ドメインと分子内で結合し、不活性な折り畳み構造を維持している*9。しかし、細胞外マトリックスからのシグナルや受容体型チロシンキナーゼからの刺激を受けると、この脱リン酸化や構造変化が生じてキナーゼ活性が上昇し、下流の分子群を次々とリン酸化して活性化させる*10*11。
病態生理学的には、Srcの過剰な活性化や遺伝子変異は、多くのヒトの悪性腫瘍(大腸がん、乳がん、胃がん、肺がん、膵臓がんなど)において観察される*12。Srcが過剰に活性化すると、細胞の異常な増殖が促進されるだけでなく、アポトーシスの回避、浸潤、そして転移といったがんの悪性化形質が強く誘導されるようになる*13。特に、細胞接着装置である接着斑(フォーカルアドヒージョン)やアクチン骨格の動態を制御しているため、がん細胞が基底膜を破って周囲の組織へ浸潤する過程において、Srcの働きは極めて重要な役割を果たしている*14*15。
このような背景から、Srcは分子標的薬の開発における重要な標的分子の一つとして位置づけられてきた*16。Srcのキナーゼ活性を競合的に阻害する低分子化合物( Src阻害剤)が多数合成され、臨床試験やがん治療への応用が進められてきた経緯がある*17。単独の投与だけでなく、他の抗がん剤や分子標的薬との併用療法に関する研究も継続的に行われており、腫瘍学および分子生物学の分野において、Srcに関する知見は今なお極めて重要な研究対象であり続けている*18((国立研究開発法人 国
*2国立研究開発法人 国立がん研究センター: https://www.ncc.go.jp/jp/ri/division/molecular_oncology/010/index.html
*3国立研究開発法人 科学技術振興機関: https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=200907038890457639
*4国立研究開発法人 国立がん研究センター: https://www.ncc.go.jp/jp/ri/division/molecular_oncology/010/index.html
*5国立研究開発法人 科学技術振興機関: https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=200907038890457639
*6国立研究開発法人 科学技術振興機関: https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=200907038890457639
*7国立研究開発法人 科学技術振興機関: https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=200907038890457639
*8国立研究開発法人 科学技術振興機関: https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=200907038890457639
*9国立研究開発法人 科学技術振興機関: https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=200907038890457639
*10国立研究開発法人 科学技術振興機関: https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=200907038890457639
*11国立研究開発法人 国立がん研究センター: https://www.ncc.go.jp/jp/ri/division/molecular_oncology/010/index.html
*12国立研究開発法人 国立がん研究センター: https://www.ncc.go.jp/jp/ri/division/molecular_oncology/010/index.html
*13国立研究開発法人 国立がん研究センター: https://www.ncc.go.jp/jp/ri/division/molecular_oncology/010/index.html
*14国立研究開発法人 科学技術振興機関: https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=200907038890457639
*15国立研究開発法人 国立がん研究センター: https://www.ncc.go.jp/jp/ri/division/molecular_oncology/010/index.html
*16国立研究開発法人 科学技術振興機関: https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=200907038890457639
*17国立研究開発法人 科学技術振興機関: https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=200907038890457639
*18国立研究開発法人 科学技術振興機関: https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=200907038890457639
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