HEALTH WORDS / 用語解説
ミトコンドリア膜電位
Mitochondrial membrane potential
ミトコンドリア膜電位とは、ミトコンドリアの内膜を挟んで形成される電位差のことであり、細胞のエネルギー代謝やアポトーシスにおいて中心的な役割を果たす指標である。1
真核細胞のミトコンドリアは二重の膜構造を持っており、外膜と内膜が存在する。ミトコンドリア膜電位は、内膜の内側(マトリックス側)が外側(膜間腔側)に対して負(マイナス)になるように生じている。2
この電位差は、電子伝達系(呼吸鎖)を構成するタンパク質複合体がプロトン(水素イオン)をマトリックスから膜間腔へ能動輸送することによって形成および維持される。電子伝達系の働きによりミトコンドリア内膜の内外に生じたプロトン濃度勾配と電位差を合わせてプロトン駆動力と呼び、ミトコンドリア膜電位はこのプロトン駆動力の主要な成分をなしている。3
ミトコンドリア膜電位の主な生理学的役割は、ATP合成酵素(Complex V)を駆動してアデノシン三リン酸(ATP)を産生することである。膜間腔に汲み出されたプロトンがATP合成酵素を通ってマトリックスへと逆流する際のエネルギーを利用して、ADPとリン酸からATPが合成されるため、ミトコンドリア膜電位は細胞内のエネルギー供給の基盤となっている。4
また、ミトコンドリア膜電位は細胞死(アポトーシス)の調節においても極めて重要な役割を担っている。何らかのストレスや細胞傷害によってミトコンドリアの機能障害が生じると、ミトコンドリア膜電位の著しい低下(脱分極)が引き起こされる。これが引き金となってミトコンドリア外膜透過性亢進が生じ、シトクロムcなどのアポトーシス誘導因子がマトリックスから細胞質へと遊離することで、カスパーゼカスケードが活性化され細胞死が誘導される。5
このように、ミトコンドリア膜電位は細胞の生存維持、エネルギー代謝、およびアポトーシスの制御を結びつける重要な生体指標である。そのため、毒性学や薬理学の分野においては、薬剤の細胞毒性評価やミトコンドリア機能不全を検出するためのアッセイ標的としても広く利用されている。1
参考文献・出典
- 国立医薬品食品衛生研究所 安全性生物試験研究センター: https://www.nihs.go.jp/ICHS1/J_Guideline/S5B_j.pdf ↩1 ↩2
- 中外製薬 基礎医学用語集: https://www.chugai-pharm.co.jp/med/glossary/bi_m021.html ↩
- MSDマニュアル プロフェッショナル版: https://www.msdmanuals.com/牠/プロフェッショナル/生化学/細胞のエネルギーと代謝/ミトコンドリアの機能 ↩
- 国立研究開発法人 科学技術振興機構 J-STAGE: https://www.jstage.jst.go.jp/article/biophys/52/6/52_306/_pdf ↩
- 独立行政法人 医薬品医療機器総合機構 審査報告書: https://www.pmda.go.jp/drugs/2015/P201500078/340217000_22700AMX00514_B106_1.pdf ↩