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HEALTH WORDS / 用語解説

マルチオミクス解析

Multi-omics analysis

マルチオミクス解析とは、ゲノム、トランスクリプトーム、プロテオーム、メタボロームなどの複数の異なるオミクス階層の網羅的な生体分子データを統合し、生命現象や疾患メカニズムを多角的に解明する解析手法である。1 従来の分子生物学研究では、遺伝子発現やタンパク質の量など、一つの分子層に着目した分析が主流であったが、これだけでは複雑な生体システムの全体像を把握するには限界があった。2 マルチオミクス解析を用いることで、異なる階層間の因果関係や相互作用を包括的に理解することが可能となり、システム生物学の中核技術として発展している。3

生物の細胞内では、DNAにコードされた遺伝情報がmRNAへと転写され、さらに翻訳されてタンパク質が合成される。 そして、これらタンパク質や酵素の働きによって様々な代謝物が産生されることで、生命活動が維持されている。 ゲノミクス解析ではゲノム配列の変異や多型を調べ、トランスクリプトーム解析ではmRNAの網羅的発現量を測定し、プロテオミクス解析ではタンパク質の存在量や翻訳後修飾を評価する。4 さらにメタボロミクス解析を加えることで、細胞内の化学物質の動態を明らかにすることができる。5 マルチオミクス解析は、これら個別のオミクスデータを単に並置するのではなく、バイオインフォマティクス技術を活用して数学的・統計学的に統合し、一つの生体ネットワークとしてモデル化する点に本質がある。6

医学および臨床医学の分野において、マルチオミクス解析はがん研究や難病の病態解明において不可欠なアプローチとなっている。がんなどの疾患では、遺伝子変異だけでなく、エピゲノムの変化やタンパク質の異常な活性化、代謝リプログラミングが複雑に関与している。3 単一のオミクスデータでは捉えきれなかったバイオマーカーの探索や、創薬標的の同定において、マルチオミクス解析は極めて高い精度を発揮する。6 特に個別化医療やプレシジョン・メディシンの文脈において、患者個人の多様な生体分子情報を統合し、最適な治療法の選定や予後予測を行うための基盤技術として期待されている。2

しかしながら、マルチオミクス解析の導入と運用には多くの技術的および解析上の課題が存在する。 第一に、測定するプラットフォームやオミクス層によってデータの特性やバイアスが異なるため、適切なデータの前処理とノーマライゼーションが必要となる。4 第二に、膨大なビッグデータを統合・解析するための高度な統計解析手法や機械学習・人工知能(AI)モデルの開発が不可欠である。1 第三に、異なるオミクス間で得られた相関関係が必ずしも因果関係を意味するわけではないため、得られた仮説を分子生物学的な実験によって検証するプロセスが重要となる。5

近年では、シングルセル・オミクス解析との融合が進んでおり、組織全体の平均的な情報ではなく、細胞一つひとつのレベルで複数のオミクス情報を同時に取得する技術が開発されている。4 これにより、組織内の細胞多様性や微小環境の動態をより解像度高く理解することが可能になりつつある。2 spatial omics(空間的オミクス解析)との組み合わせにより、生体組織の三次元的な分子地図上でのマルチオミクスデータの統合解析も実現しつつあり、生命科学の新しい地平を切り開く手法として、世界中の研究機関で盛んに研究が進められている。1

参考文献・出典

  1. 国立研究開発法人 科学技術振興機関(JST): https://www.jst.go.jp/pr/announce/20230214/index.html ↩1 ↩2 ↩3
  2. 京都大学: https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2021-03-09-1 ↩1 ↩2 ↩3
  3. 国立がん研究センター: https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2023/0620/index.html ↩1 ↩2
  4. 理化学研究所: https://www.riken.jp/press/2022/20220615_1/index.html ↩1 ↩2 ↩3
  5. 医薬基盤・健康・栄養研究所: https://www.nibiohn.go.jp/information/2022/11/post-158.html ↩1 ↩2
  6. 日本医療研究開発機構(AMED): https://www.amed.go.jp/news/release_20210420.html ↩1 ↩2