HEALTH WORDS / 用語解説
転写開始前複合体
Pre-initiation complex
転写開始前複合体とは、真核生物においてRNAポリメラーゼIIなどのRNAポリメラーゼが遺伝子のプロモーター上に正確に結合し、転写を開始するために形成される巨大なタンパク質複合体である。1
真核生物のタンパク質をコードする遺伝子の転写においては、RNAポリメラーゼII単独ではプロモーター上の開始点を認識して転写を開始することができない。そのため、基本転写因子と呼ばれる一群のタンパク質が順次DNA上のプロモーター領域に集積し、RNAポリメラーゼIIとともに機能的な転写開始前複合体を構築する必要がある。2
この複合体の形成プロセスは通常、TATAボックスなどの特定の塩基配列を持つプロモーター領域に対して、TATA結合タンパク質(TBP)を含むTFIIDなどの基本転写因子が結合することから開始される。TFIIDがDNAに結合すると、それに引き続いてTFIIA、TFIIB、TFIIF、TFIIE、TFIIHといった他の基本転写因子やRNAポリメラーゼIIが順次リクルートされ、秩序立った構造体が形成される。3
形成された転写開始前複合体の内部では、複雑な分子間相互作用と酵素活性が発揮される。特に、複合体構成要素の一つであるTFIIHは、ヘリカーゼ活性やキナーゼ活性を有している。TFIIHの働きによってDNAの二重鎖が部分的に巻き戻されて開裂し、一本鎖DNA領域が露出することで、RNAポリメラーゼIIはテンプレート鎖を読み取るための準備を完了する。4
さらに、TFIIHのもつキナーゼ活性は、RNAポリメラーゼIIの最大サブユニットであるRPB1のC末端ドメイン(CTD)にあるアミノ酸残基をリン酸化する。このリン酸化イベントが引き金となって、転写開始前複合体はプロモーターからの脱却(プロモータークリアランス)を起こし、RNAポリメラーゼIIは伸長反応の段階へと移行していく。5
このように、転写開始前複合体の形成と制御は、遺伝子発現の最初のステップを正確に方向づける極めて重要な分子機構である。この複合体の異常や構成因子に変異が生じると、転写の制御不全を招き、様々な疾患の原因となることが知られており、分子生物学および医学の分野において精力的に研究されている。6
参考文献・出典
- 日本生化学会 生化学用語・略語辞典: https://seikagaku.jbsoc.or.jp/10.1495/biochemistry.88.5_398a/data/index.html ↩
- 京都大学 議事録・資料: https://www.kyoto-u.ac.jp/ja ↩
- J-STAGE ライフサイエンス: https://www.jstage.jst.go.jp/article/biophys/57/5/57_268/_article/-char/ja/ ↩
- PubMed Central: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3969145/ ↩
- 国立遺伝学研究所 データベース: https://www.nig.ac.jp/nig/ja/ ↩
- 科学技術振興機構 J-STAGE: https://www.jstage.jst.go.jp/article/ryumachi/59/3/59_337/_article/-char/ja/ ↩