HEALTH WORDS / 用語解説
BAC
Bacterial Artificial Chromosome
BACとは、大腸菌(Escherichia coli)のF因子(F plasmid)を基に構築された人工染色体ベクターであり、主としてゲノムプロジェクトにおいて巨大なDNA断片をクローニングし安定に維持するために用いられる分子生物学的手法の一つである。1
BACベクターは、大腸菌のF因子が持つ複製起点(oriS, repE)やパーティションに関与する遺伝子(parA, parB)などを備えており、これらによりプラスミドのコピー数を細胞当たり1〜2個と低く厳密に制御しながら、100キロ塩基対(kb)から300kb、あるいはそれ以上の長大な外来DNA断片を安定に保持することが可能となっている。2
ヒトゲノム計画をはじめとする大規模なゲノム解析において、BACはゲノムライブラリーの構築に不可欠なツールとして広く活用された。 ヒトやマウスなどの複雑な真核生物のゲノムは非常に巨大であり、従来のプラスミドやファージベクターでは一度にクローニングできるDNAサイズが数kbから数十kb程度にとどまるため、ゲノム全体を効率よく網羅することが困難であった。 これに対し、BACを用いることで、巨大なゲノム領域を比較的少数のクローンに分割して保持し、物理地図の作成や塩基配列決定の精度向上に大きく貢献した。1
BACの構造的特徴として、大腸菌内での相同組換えによるDNA断片の脱落や構造変化を起こしにくいという高い安定性が挙げられる。 これにより、不安定な塩基配列や反復配列を含むゲノム領域であっても、世代を超えて正確に維持・増幅することが可能である。 また、クローニング部位の周囲には多クローニングサイト(MCS)や、選択マーカーとして機能する薬剤耐性遺伝子(例えばクロラムフェニコール耐性遺伝子など)が配置されており、目的の組換え体を効率よくスクリーニングできるようデザインされている。3
近年では次世代シーケンサー(NGS)の急速な発展により、ゲノム解析の主流はショットガンシークエンシングへと移行しているが、ゲノムのアセンブリ(組み立て)が困難な複雑な領域の解析や、特定の遺伝子座を含む巨大DNAの機能解析、さらにはトランスジェニック動物の作製などにおいて、BACは現在でも重要な役割を担い続けている。1
参考文献・出典
- National Human Genome Research Institute: https://www.genome.gov/genetics-glossary/Bacterial-Artificial-Chromosome-BAC ↩1 ↩2 ↩3
- National Center for Biotechnology Information: https://www.ncbi.snlm.nih.gov/books/NBK21490/ ↩
- National Center for Biotechnology Information: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK21490/ ↩