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HEALTH WORDS / 用語解説

ウイルス分離法

Virus isolation

ウイルス分離法とは、生体組織、培養細胞、あるいは発育卵などを用いて臨床検体などから目的とするウイルスを生きた状態で増殖させ、検出・分離する実験室診断およびウイルス学における基本的な手法である。1

ウイルスは細胞外で単独では増殖することができず、宿主細胞に感染してその代謝機構を利用しなければ自己複製を行うことができない偏性細胞内寄生体である。そのため、ウイルスの存在を直接証明するためには、感受性を持つ宿主システムの中でウイルスを生きたまま増殖させる必要がある。2

歴史的に、ウイルス分離法はウイルス学の発展において中心的な役割を果たしてきた。電子顕微鏡による形態観察、血清学的検査、あるいは核酸増幅検査(PCR法など)といった他の網羅的または特異的な検出技術と比較して、分離法は「感染性を持つ実体」を確実に回収できるという決定的な利点を持つ。回収された分離株は、その後の全ゲノム塩基配列解析、薬剤耐性試験、抗原性解析、さらにはワクチン株の開発など、多岐にわたる基礎研究および応用研究の起点となる。3

ウイルス分離に用いられる主な宿主系としては、大きく分けて動物個体、発育卵(主に発育鶏卵)、および培養細胞(株化細胞や初代培養細胞)の3つが存在する。かつては生体動物やマウスの脳内接種などが広く行われていたが、動物愛護の観点、倫理的配慮、ならびにコストや手技の標準化の難しさから、現代の臨床検査や疫学調査においては培養細胞を用いた細胞培養法が主流となっている。4

培養細胞を用いたウイルス分離法では、検体中に含まれるウイルスの種類に応じて適切な細胞株が選択される。例えば、インフルエンザウイルスやコロナウイルス、エンテロウイルスなど、標的とするウイルスによって感染しやすい宿主細胞の受容体発現パターンが異なるためである。検体を接種した培養細胞は、一定期間インキュベーター内で培養され、細胞変性効果(CPE)と呼ばれる特異的な形態変化や死滅が観察されるかどうかを経時的にモニタリングする。5

細胞変性効果(CPE)が認められた場合、その培養上清や細胞破砕液を回収し、赤血球凝集反応、免疫蛍光抗体法、あるいはPCR法などの遺伝子検査を組み合わせて、分離されたウイルスの同定を行う。これにより、検体中にどのような病原体が存在していたかを確定診断することが可能となる。6

一方で、ウイルス分離法にはいくつかの重大な限界や欠点も存在する。第一に、検体採取から結果判明までに数日から数週間という長い時間を要することが多く、迅速な臨床診断および治療方針の決定には直接寄与しにくい場合がある。第二に、ウイルスの種類によっては実験室内での培養が極めて困難であるか、あるいは全く培養できない難培養性ウイルスも存在する。第三に、検体中のウイルス量が極めて少ない場合や、輸送・保存の過程でウイルスの感染性が失活してしまった場合には、偽陰性となり分離に失敗するリスクが高まる。7

また、生きたウイルスを大量に増殖させる操作を伴うため、実験室感染のリスクや、病原体が外部へ流出する危険性が常に伴う。したがって、高病原性鳥インフルエンザウイルスやエボラウイルスなどの危険度の高い病原体を取り扱う際には、高度な物理的封入設備を備えたバイオセーフティレベル(BSL-3やBSL-4)の施設において、厳格な安全管理のもとでウイルス分離法を実施しなければならない。8

このように、分子生物学的手法や遺伝子検査が高度化した現代においても、ウイルス分離法は感染性ウイルスの実体を捉える唯一無二の手法として、公衆衛生上の監視体制や新興感染症対策、および基礎医学の研究において極めて重要な位置を占め続けている。9

参考文献・出典

  1. 国立感染症研究所 病原体検出マニュアル: https://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/Entero71-2017.pdf ↩
  2. 国立感染症研究所 ウイルス分離・同定: https://www.niid.go.jp/niid/ja/lab-manual.html ↩
  3. 厚生労働省 感染症法に基づく消毒・滅菌の手引き: https://www.mhlw.go.jp/content/000693529.pdf ↩
  4. 国立医薬品食品衛生研究所 安全性生物試験研究センター: https://www.nihs.go.jp/library/tyousa/2009y/2009-12.pdf ↩
  5. 国立感染症研究所 感染症情報センター: https://www.niid.go.jp/niid/ja/from-idsc.html ↩
  6. 東京都健康安全研究センター 微生物部: https://www.tokyo-eiken.go.jp/lab/micro/ ↩
  7. 国立感染症研究所 病原体安全性管理規程: https://www.niid.go.jp/niid/images/anzen/manual-2020.pdf ↩
  8. 厚生労働省 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律における病原体等の管理: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/pathogen/index.html ↩
  9. 国立感染症研究所 感染症流行予測調査: https://www.niid.go.jp/niid/ja/yosoku-index.html ↩