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HEALTH WORDS / 用語解説

N-Ras

N-Rasとは、ヒトにおけるRASファミリーを構成する代表的な低分子Gタンパク質であり、細胞増殖や分化などの多様なシグナル伝達において分子スイッチとして機能するタンパク質である1。 N-RasをコードするNRAS遺伝子は第1染色体の短腕(1p13.2)に位置しており、K-RasやH-RasとともにRasファミリーの主要なアイソフォームを形成している2。

N-Ras蛋白は、不活性型であるGDP結合型と、活性型であるGTP結合型の状態を相互に移行させることで、細胞外からの増殖因子などの刺激を細胞内へと伝達する役割を担っている3。 通常の状態では、GTPase活性化タンパク質(GAP)の働きによってGTPが加水分解され、速やかに不活性型へと戻ることで過剰なシグナル伝達が抑制されている4。

しかしながら、NRAS遺伝子の特定のコドン(主にコドン12、コドン13、コドン61など)において変異が生じると、GTPase活性が著しく低下あるいは消失する5。 これにより、N-Ras蛋白は恒常的にGTPと結合した活性型の状態を維持し続け、MAPK経路やPI3K-AKT経路などの下流シグナルが持続的に異常活性化されることとなる6。

このような遺伝子変異に起因するN-Rasの機能獲得型変異は、様々なヒト悪性腫瘍の発生および進展に深く関与していることが明らかにされている7。 特に悪性黒色腫(メラノーマ)や急性骨髄性白血病(AML)、甲状腺がんなどの固形がんや血液悪性腫瘍において、高頻度でNRAS遺伝子変異が検出される臨床的特徴がある8。

臨床医学および分子標的治療の分野において、変異型N-Rasは重要なバイオマーカーとなっているが、N-Ras蛋白自体の構造的な特徴から、長年にわたり直接阻害することが困難な「アンドラガバブル(難治性標的)」の一つとされてきた9。 しかし近年の創薬化学の進展により、N-Rasの下流で働くMEK阻害薬などの併用療法や、変異型蛋白を直接標的とする新たな分子標的薬の開発に向けた臨床試験が世界中で精力的に進められている10。

参考文献・出典

  1. がんゲノム情報データベース: https://www.cancer.gov/about-cancer/causes-prev/genetics/ras-fact-sheet ↩
  2. Genie: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/gene/4893 ↩
  3. KEGG PATHWAY: https://www.kegg.jp/pathway/hsa04010 ↩
  4. Nature Reviews Cancer: https://www.nature.com/articles/nrc1955 ↩
  5. COSMIC database: https://cancer.sanger.ac.uk/cosmic ↩
  6. American Association for Cancer Research: https://aacrjournals.org/clincancerres/article/26/19/5068/65304/NRAS-Mutations-in-Malignant-Melanoma-Biology-and ↩
  7. Cell: https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(18)30872-5 ↩
  8. National Cancer Institute: https://www.cancer.gov/research/areas/genetics/ras-mutations ↩
  9. Nature Reviews Drug Discovery: https://www.nature.com/articles/nrd.2017.209 ↩
  10. New England Journal of Medicine: https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1412693 ↩