HEALTH WORDS / 用語解説
便失禁
Fecal incontinence
便失禁とは、自分の意思とは無関係に、または便意を感じても排便を我慢できずに、肛門から便が不随意に漏出する状態をいう。1 患者の身体的機能だけでなくQOL(生活の質)や精神的健康にも著しい悪影響を及ぼす疾患・病態である。1
便失禁の病態生理は複雑であり、排便反射の制御、直腸の容量やコンプライアンス、肛門括約筋の機能、および骨盤底筋群の協調運動など、複数の要因が関与している。2 健康な状態では、直腸に便がたまると脳へ便意が伝えられ、随意筋である外肛門括約筋や骨盤底筋群を収縮させることで排便を抑制している。1 これらの神経調節機構や筋肉の構造に破綻が生じると、便失禁が引き起こされる。1
原因は多岐にわたり、大きく器質的疾患と機能的疾患に分類される。2 主な原因の一つとして、産科的要因による肛門括約筋の損傷が挙げられる。1 経膣分娩時の会陰裂傷や胎児の吸引分娩などによって括約筋やこれを支配する神経が傷つき、筋力低下や機能不全をきたす場合がある。1 また、高齢化に伴う骨盤底筋群の衰えや、直腸癌などの悪性腫瘍に対する外科手術、痔核手術といった手術後合併症も原因となる。1
さらに、中枢神経系または末梢神経系の疾患も便失禁を誘発する。2 脳血管障害(脳卒中)、脊髄損傷、多発性硬化症、あるいは糖尿病に伴う末梢神経障害などが挙げられ、これらは排便機能の神経学的制御を障害する。1 加えて、下痢や便秘などの排便異常も病態に関与する。2 下痢症では便の性状が液状化するため肛門での保持が困難になり、便秘では宿便周囲から水様便が不随意に漏れ出す溢流性便失禁が生じることがある。1
診断にあたっては、詳細な問診を行って排便習慣や失禁の頻度、便の性状を把握するほか、直腸診などの身体診察が実施される。1 検査としては、肛門括約筋の機能を評価するための直腸肛門機能検査(肛門内圧測定など)、超音波検査による括約筋の形態評価、およびMRIなどを用いた画像診断が行われることがある。2
治療法は原因や重症度に応じて選択され、まずは保存療法が基本となる。1 食事療法による便性状の調整や、止瀉薬などの薬物療法が行われる。1 また、骨盤底筋群を強化する骨盤底筋訓練(バイオフィードバック療法を含む)などの行動療法も有効である。1 これらの保存療法で十分な改善が得られない場合や、括約筋に明らかな断裂が存在する場合には、外科手術が検討される。1 手術療法には、括約筋縫縮術などの直接的な修復術のほか、仙骨神経刺激療法などの神経刺激治療が含まれる。2