HEALTH WORDS / 用語解説
上皮間葉移行
Epithelial-Mesenchymal Transition
上皮間葉移行(EMT)とは、上皮細胞が極性を失い、間葉系細胞様の性質を獲得する一連の細胞生物学的プロセスのことである。1
この現象は、元来は発生段階における胚発生や器官形成などの重要な生理的な生命現象として見出されたものである。1
上皮細胞は通常、隣接する細胞同士が細胞間結合によって強固に結びつき、基底膜側に基底面、反対側に頂端面を持つという明確な細胞極性を維持している。2
しかし、上皮間葉移行の過程が誘導されると、これらの細胞間結合を構成する接着分子であるE-カドヘリンなどの発現が低下または消失する。2
それに代わって、ビメンチンやN-カドヘリンといった間葉系細胞のマーカーとなるタンパク質の発現が亢進し、細胞の運動性や浸潤性が高まる性質へと変化する。2
こうした細胞の形質転換は、転写因子群のネットワークによって精密に制御されている。1
代表的な転写因子としては、Snail、Slug、Twist、ZEBといった分子が知られており、これらが上皮系遺伝子の転写を抑制し間葉系遺伝子の転写を活性化する主導的な役割を果たす。2
生理的な文脈においては、胚発生期の原腸形成や、神経管の形成、さらには組織の創傷治癒や再生の過程において上皮間葉移行が不可欠な役割を果たしている。1
一方で、病理的な文脈においては、上皮間葉移行は癌の悪性化、浸潤、および転移の過程において極めて重要な鍵を握る現象として広く研究されている。2
癌腫(上皮組織から発生する悪性腫瘍)の細胞が上皮間葉移行を起こすことにより、周囲の細胞外基質を分解して血管やリンパ管へ浸潤しやすくなり、遠隔転移を引き起こす能力を獲得すると考えられている。2
さらに、癌の薬物療法に対する耐性獲得や、癌幹細胞としての性質の維持にも上皮間葉移行が深く関与していることが示唆されている。1
加えて、癌だけでなく、腎臓や肺などの線維化疾患、例えば腎線維症や特発性肺線維症の進展においても、組織を構成する上皮細胞が上皮間葉移行を経て線維芽細胞へと変化し、コラーゲンなどの細胞外マトリックスを過剰に産生することが病態を悪化させる要因の一つとして挙げられている。1
このように、上皮間葉移行は発生学、腫瘍学、病理学など多様な医学・生物学分野の根幹に関わる現象であり、その分子メカニズムの解明や制御法の開発は、癌の転移抑制や線維化疾患の新たな治療法の確立に向けた重要な研究課題となっている。1