HEALTH WORDS / 用語解説
ホスファチジルイノシトール3-キナーゼ
Phosphatidylinositol 3-kinase
ホスファチジルイノシトール3-キナーゼ(PI3K)とは、細胞膜に存在する脂質であるホスファチジルイノシトール類のイノシトール環の3位の水酸基をリン酸化する酵素の総称である。1 PI3Kは真核細胞において保存されたシグナル伝達経路を構成し、細胞の増殖、生存、分化、代謝、運動能などの多様な生理的機能の調節において中心的な役割を果たす酵素群である。2
PI3Kは構造的な特徴や基質特異性に基づき、クラスI、クラスII、クラスIIIの3つの主要なサブクラスに分類される。1 このうち生理学的に最もよく研究されているのはクラスI PI3Kであり、これは受容体型チロシンキナーゼやG蛋白共役受容体などの細胞表面受容体からの刺激に応答して活性化される。2 クラスI PI3Kは、触媒サブユニット(p110など)と調節サブユニット(p85など)から構成されるヘテロ二量体として存在している。1
細胞外シグナルによってPI3Kが活性化されると、細胞膜上のホスファチジルイノシトール(4,5)二リン酸($PIP_2$)をリン酸化し、ホスファチジルイノシトール(3,4,5)三リン酸($PIP_3$)を産生する。2 生成された$PIP_3$は細胞膜上の二次メッセンジャーとして機能し、プレクストリンホモロジー(PH)ドメインを持つ下流のタンパク質を細胞膜へとリクルートする。1 その代表的な下流分子がセリン・スレオニンキナーゼであるAkt(プロテインキナーゼB)であり、AktはさらにmTORなどの下流因子を活性化することでタンパク質合成や細胞生存シグナルを強力に促進する。2
一方で、ホスファチジルイノシトール3-キナーゼが引き起こすシグナル伝達経路は、がん細胞の増殖や生存とも深く関わっている。2 がん抑制遺伝子として知られるPTEN(Phosphatase and tensin homolog deleted on chromosome ten)は、$PIP_3$の3位のリン酸基を脱リン酸化して$PIP_2$へと戻すホスファチジン酸塩分解酵素であり、PI3K経路の働きを負に調節する拮抗因子として作用する。2 ヒトの悪性腫瘍においては、PI3Kの触媒サブユニットをコードする遺伝子の変異や、PTENの欠損・不活化が頻繁に観察され、これがPI3K/Akt/mTOR経路の恒常的な活性化を引き起こして腫瘍形成や薬剤耐性の原因となる。2 そのため、ホスファチジルイノシトール3-キナーゼはがん治療薬開発における極めて重要な分子標的の一つとなっており、PI3K阻害薬の開発と臨床応用に関する研究が世界中で進められている。2