HEALTH WORDS / 用語解説
薬剤性神経障害
Drug-induced neuropathy
薬剤性神経障害とは、治療目的で投与された種々の薬剤の副作用や有害事象として、末梢神経系(末梢神経)または中枢神経系に構造的あるいは機能的な障害が生じる病態の総称である。1
多くの場合は四肢の末端から症状が出現する多発神経炎(多発神経障害)の形態をとり、感覚神経、運動神経、あるいはその双方が侵されることで臨床症状が多岐にわたる特徴がある。2
原因となる薬剤としては、がんの治療に用いられる化学療法薬(抗悪性腫瘍薬)が最も頻度が高く、ビンカアルカロイド系薬剤(ビンクリスチンなど)、タキサン系薬剤(パクリタキセルやドセタキセル)、プラチナ製剤(シスプラチン、オキサリプラチンなど)、およびプロテアソーム阻害薬(ボルテゾミブなど)が代表的な起因物質として広く知られている。3
抗悪性腫瘍薬以外にも、感染症の治療に用いられる抗菌薬(イソニアジド、エタンブトール、メトロニダゾールなど)、抗リウマチ薬、抗不整脈薬、脂質異常症治療薬(スタチン系薬剤の一部)など、多様な薬剤が末梢神経障害を引き起こす可能性を有していることが臨床現場で確認されている。4
発症の機序やメカニズムは薬剤の種類によって異なり、神経軸索の構造を維持する微小管の機能阻害、ミトコンドリア機能の障害、DNAやRNAの合成阻害、あるいは免疫的な機序や代謝異常などが神経細胞や軸索に対して毒性を発揮すると考えられている。3
病理学的には、軸索変性を主体とするもの、髄鞘(ミエリン)が選択的に障害される脱髄性のもの、あるいは神経への血液供給を担う血管の障害に起因するものなどに分類され、これらが複合的に関与する場合も存在する。2
典型的な症状としては、手の指先や足の趾(あしゆび)から始まるしびれ、感覚障害、疼痛、知覚低下などが挙げられ、症状が進行すると[[手袋靴下型]]に感覚脱失が広がり、温度覚や振動覚の低下が認められるようになる。3
また、運動神経が強く侵された場合には、筋力低下、筋肉の萎縮、腱反射の減弱や消失が起こり、歩行障害や起立困難などの運動機能の障害を伴うことがあり、自律神経が障害された場合には起立性低血圧や排尿障害などの自律神経症状が発現することもある。2
診断にあたっては、詳細な服薬歴の聴取が極めて重要であり、原因薬剤の投与開始時期と神経障害の発現時期との時間的な因果関係を慎重に評価する必要がある。1
さらに、糖尿病、ビタミン欠乏症、尿毒症、膠原病など、末梢神経障害を引き起こす他の内科的疾患や代謝性疾患を鑑別診断によって除外することが求められる。2
神経伝導検査や針筋電図検査などの電気生理学的検査を実施することにより、障害の分布や病変の性質(軸索障害型か脱髄型か)を客観的に評価することが可能である。1
治療の基本方針は、原因薬剤の速やかな投与中止、あるいは医師の判断に基づく減量や休薬であり、これにより症状の進行を食い止め、回復を促すことが目指される。3
しかしながら、薬剤の種類や投与量、患者の背景によっては、投薬を中止した後も症状が長期間持続したり、不可逆的な障害として残存したりする場合があり、これを「コースト・インフェクト」や残留障害として臨床的な課題となることがある。4
対症療法としては、神経障害性疼痛に対する薬物治療が行われ、プレガバリンやデュロキセチンなどの薬剤が疼痛緩和の目的で投与されることがあるほか、リハビリテーションを通じて運動機能の維持や転倒防止を図ることが重要視されている。3
参考文献・出典
- 医薬品医療機器情報提供ホームページ: https://www.pmda.go.jp/files/000155227.pdf ↩1 ↩2 ↩3
- MSDマニュアルプロフェッショナル版: https://www.msdmanuals.com/ja-jp/プロフェッショナル/12-神経疾患/末梢神経障害および関連疾患/末梢神経障害の概要 ↩1 ↩2 ↩3 ↩4
- 厚生労働省: https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000676451.pdf ↩1 ↩2 ↩3 ↩4 ↩5
- MSDマニュアルプロフェッショナル版: https://www.msdmanuals.com/ja-jp/プロフェッショナル/26-薬物療法/薬物の副作用/薬物の有害作用 ↩1 ↩2