HEALTH WORDS / 用語解説
エルゴペプチンアルカロイド
エルゴペプチンアルカロイドとは、マメ科やイネ科などの植物に寄生する麦角菌(Claviceps属)などが産生するエルゴライン骨格を有するアルカロイドの一群であり、リゼルグ酸のアミド誘導体にペプチド鎖が結合した複雑な化学構造を持つ化合物の総称である。1
エルゴペプチンアルカロイドに分類される代表的な物質としては、エルゴタミン、エルゴメトリン、エルゴクリプトニン、エルゴコーン、エルゴクリスチンなどが知られている。これらの化合物は、その化学構造や立体異性体の違いによって様々な生理活性を示すことが特徴である。麦角菌が生成する代謝物全体の中では、ペプチド鎖を持たない単純なエルギン類などとともに麦角アルカロイドの一種として包括的に扱われることが多い。2
生体に対する作用機序として、エルゴペプチンアルカロイドはヒトや動物の中枢神経系や心血管系において、神経伝達物質であるセロトニン、ドパミン、アドレナリンなどの受容体に対してアゴニストあるいは部分アゴニストとして作用する強い親和性を持つ。この受容体を介した薬理作用により、強力な血管収縮作用を引き起こすことが広く知られている。血管の持続的な収縮は、末梢組織への血流障害を招き、重篤な中毒症状を引き起こす原因となる。3
植物科学および農業・畜産科学の分野において、エルゴペプチンアルカロイドは牧草に共生するエンドファイト(内生真菌)であるNeotyphodium属やEpichloë属によって産生される事例が重要視されている。特にトールフェスクなどの飼料作物にこれらのエンドファイトが感染している場合、産生されたエルゴペプチンアルカロイドの一種であるエルゴバリンなどが家畜に摂取されることで、中毒疾患であるフェスク中毒を引き起こすことが確認されている。フェスク中毒の症状としては、体温調節障害(夏期における高体温)、体重減少、受胎率の低下、さらには末端組織の壊疽などが挙げられ、畜産業において経済的な不利益をもたらす要因となっている。4
食品衛生学および毒性学の領域では、エルゴペプチンアルカロイドはライ麦や小麦、大麦などの穀類が麦角菌に汚染された際に食品中に混入する天然毒素として厳しく監視されている。麦角と呼ばれる黒色の菌核が混入した穀物を原料として食品や飼料が製造された場合、これに含まれるエルゴペプチンアルカロイドが中毒を引き起こす危険性がある。歴史的には、麦角に汚染された穀物粉から作られたパンなどを摂取した人々に、手足の激しい痛みや壊疽を伴う麦角中毒(セント・アントニーの火)が集団発生した記録が残されている。現代においては、食品安全委員会などの公的機関によるリスク評価や、収穫物における含有量の基準値設定、分析化学的手法を用いた検査体制の強化により、食品を通じた健康被害の未然防止が図られている。5
医学および薬理学の文脈においては、エルゴペプチンアルカロイドのもつ強い血管収縮作用や受容体結合特性を利用して、偏頭痛の治療薬などの医薬品のリード化合物として研究されてきた歴史がある。しかしながら、その毒性の高さと副作用のリスクから、そのまま利用されることは少なく、化学的な構造修飾を加えた誘導体が医療現場で用いられている。化学構造の微細な違いによって薬理作用と毒性のバランスが大きく変動するため、詳細な分子生物学的解析や毒性学的な評価が継続的に行われている化合物群である。6
参考文献・出典
- 厚生労働省: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/kagaku/ryuusanka/index.html ↩
- 農林水産省: https://www.maff.go.jp/j/syouan/oshirase/kanren_data.html ↩
- 国立医薬品食品衛生研究所: https://www.nihs.go.jp/oshirase/index.html ↩
- 農林水産省: https://www.maff.go.jp/j/syouan/waran/index.html ↩
- 食品安全委員会: https://www.fsc.go.jp/ ↩
- 独立行政法人医薬品医療機器総合機構: https://www.pmda.go.jp/ ↩